神事・行事 タイトル

         
 
       
    由来
     

室町時代、馬加(千葉市幕張)の城主であった陸奥守康胤<むつのかみやすたね>(千葉康胤)の奥方は懐妊して11ヶ月になっても出産の気配がありませんでした。そこでいたく心配した康胤は二宮神社(三山村)・子安神社(畑村)・子守神社(馬加村)・三代王神社(武石村)の神主に命じて、馬加村の磯辺に地を相会して安産祈願の祭礼である産屋の古式を執行しました。これを【磯出祭】といいます。すると、まもなく奥方は男子を安産しました。

康胤初め家臣・領民はことのほか喜んで、この御神徳に報いるために、総社である二宮神社に安産御礼の大祭を執行することを領内の村々に告げ知らせて、康胤は若殿を伴い、家臣一同を引き連れていとも麗やかに大祭を行いました。これを【安産御礼大祭】といいます。

後年、この二つの祭(安産御礼大祭と磯出祭)を一つに合わせて同時に式事を執行するようになりました。現在のように七年毎の丑年と未年に行われるようになったのは、享保12年(1727年)であると伝えられています。

       
    概要
      七年祭りは丑年と未年に行われ、大きく「小祭(湯立祭)」と「大祭」に区分されます。さらに「大祭」は「安産御礼大祭」と「磯出祭」に区分されています。
     
      小祭(湯立祭):大祭の期日を卜う祭りで、二宮神社のみ開催します。
     

安産御礼大祭:親族縁者の関係に位置づけられた以下の9社が三山神揃場に勢揃いし、定められた順序によって三山旧道を二宮神社に向かって参向します。
     ・二宮神社 <父・夫>(船橋市三山)
     ・子安神社 <母・妻>(千葉市花見川区畑町)
     ・子守神社 <子守>(千葉市花見川区幕張町)
     ・三代王神社 <産婆>
(千葉市花見川区武石町)
     ・菊田神社 <伯父>(習志野市津田沼)
     ・大原大宮神社 <叔母>(習志野市実籾)

     ・時平神社 <長男>(八千代市大和田)
     ・高津比咩神社 <姫君>(八千代市大和田新田)
     ・八王子神社 <末息子>(船橋市古和釜町)

      磯出祭:昼間の安産御礼大祭終了と同時に、以下の4社のみ同夜幕張の海岸で執り行われます。
     ・二宮神社 <父・夫>(船橋市三山)
     ・子安神社 <母・妻>(千葉市花見川区畑町)
     ・子守神社 <子守>(千葉市花見川区幕張町)
     ・三代王神社 <産婆>(千葉市花見川区武石町)
         
     
         
     
         
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